削ることは、決めること
情報を足すと、少し安心します。
説明を増やせば、誤解されにくくなる気がする。
要素を足せば、デザインしている実感も得られる。
けれど実際には、
情報を足せば足すほど、伝わりにくくなっている場面は少なくありません。
削ることが必要だと分かっていても、
なぜか手が止まってしまう。
その理由は、
削ることが「センス」や「好み」の問題だと思われているからです。
しかし本質は、そこではありません。
なぜ、私たちは削れないのか
削るという判断は、
単に情報量を減らす行為ではありません。
それは、
何を中心に置くかを決める行為 です。
中心を決めるということは、
それ以外を中心にしないと決めることでもあります。
この判断には、責任が伴います。
これで足りるだろうか
何かを見落としていないだろうか
不親切だと思われないだろうか
こうした不安があると、
私たちは自然と「足す」方向へ進みます。
削れない原因は、技術不足ではありません。
判断を引き受けきれていないこと にあります。
情報過多の正体は「デザイン=装飾」という誤解
情報過多が生まれる背景には、
デザインは装飾を加える行為だ という誤解があります。
何かを足していないと、
デザインしていないように感じてしまう。
その感覚が、意味を持たない要素を増やしていきます。
- 内容と直接関係のないモチーフ
- 雰囲気だけで配置された装飾
- 必要以上に多い色
- 読みづらいフォント
- 情報より印象を優先した配置
ここで整理しておくべきなのは、
装飾が必要かどうかではありません。
極論を言えば、
デザインとは、装飾をしないことです。
素晴らしいデザインの中に
装飾のように見える要素があるとすれば、
それは装飾ではなく、
なくてはならない「必要な情報」だから存在しています。
問題なのは、
装飾があることではなく、
装飾を前提に考えてしまう思考そのものです。
中心が定まっていない状態で装飾を足すと、
情報は必ず散らかります。
削るとは、捨てることではない
削るとは、
不要なものを乱暴に消すことではありません。
それは、
読み進めやすく、理解しやすくするための導線を設計する行為 です。
- どこから読めばいいのか
- 何が重要なのか
- どういう順番で理解すればいいのか
これらが自然に伝わるように、
情報の流れを整える。
その過程で、
中心から外れた情報が結果的に削られていきます。
削ることは目的ではなく、
理解を促す構造をつくった結果 なのです。
伝わる情報は、もともと少ない
人は、すべての情報を読みません。
覚えられるのは、その中のほんの一部です。
だからこそ、
伝わる情報は最初から「選ばれている」必要があります。
情報を減らすことは、
読み手のために、判断を引き受けること。
- ここは読まなくていい
- ここは後回しでいい
- まずは、これだけ伝わればいい
そう決めることが、
削るという行為の正体です。
結論:削れる状態とは、構造が見えている状態
削ることは、
センスの問題ではありません。
美意識の話でもありません。
何を中心に据えるかを決めた人だけが、削れる。
それだけのことです。
中心が見えていれば、
装飾に頼る必要はありません。
情報は、
足すことで強くなるのではなく、
整えることで伝わり始めます。
岐阜|デザイン経営とブランディング
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