はじめに
前回は、「調整」について整理しました。
数値やルールに合っているかだけでなく、人がどう見て、どう受け取り、
どう使うかまで見て整える。調整とは、成立に近づけるための判断だという話でした。
今回は、「展開」について考えます。
ここでいう展開は、完成した後に考えるものではありません。
打ち合わせをしている時、写真を撮っている時、コピーを考えている時、
デザインを組み立てている時、その都度すでに入っている視点です。
今の判断には、そこに至る経緯があります。
なぜ今、その相談になっているのか。
なぜ今、その表現が必要になっているのか。
なぜ今、その状態を整える必要があるのか。
その経緯を見ないまま進めると、目の前の要望には応えられても、判断の理由が浅くなります。
AHD式構造化デザイン思考術では、今だけを切り取って判断しません。
過去からの経緯を見る。
今の条件を見る。
その先に起こり得る可能性や懸念を見る。
その行き来の中で、今どこに着地させるべきかを考えます。
展開を考慮することは、未来のためだけにあるのではありません。
今を成立させるために必要な視点です。
今回は、経緯、現在の条件、その先の可能性を横断しながら、今の判断をどう成立させるかについて整理していきます。
第1章 今の判断は、今だけで決まらない
何かを決める時、目の前の条件だけで判断しているように見えても、実際にはそこに至る経緯があります。
たとえば、打ち合わせで「まずは簡単なパンフレットを作りたい」と言われた場合、
その言葉だけを受け取れば、パンフレットを作る話です。
けれど、その相談が出てきた経緯を見ていくと、別の課題が見えてくることがあります。
営業先で説明しにくい。
Webの内容が整理されていない。
社内でもサービスの伝え方が揃っていない。
そう見えてくると、今作るべきものは、単なる印刷物ではなくなります。
今後の説明や発信にも関わる、考え方の整理になる場合があります。
その場合、最初に整えるべきものは、紙面の見た目だけではありません。
言葉の軸や、情報の順序を整えることが重要になります。
写真撮影でも同じです。
今必要な媒体だけを見て撮ると、その場には合っていても、
次の場面で使いにくくなることがあります。これまでの見られ方や、
この先の使われ方が見えていれば、撮影時点で構図、余白、距離感の判断が変わります。
これは、余分に作業するということではありません。
経緯と先の可能性を見ているから、今の一手が変わるということです。
展開を考慮するとは、未来のことを最後に付け足すことではなく、今の判断の中に時間軸を入れることです。
そこに至る経緯を見る。
今の条件を見る。
この先の可能性や懸念を見る。
その行き来の中で、今どこに着地させるべきかを考える。
今だけを見て判断すると、判断は早くなります。
しかし、経緯とその先まで見て判断すると、その判断には理由が生まれます。
なぜ今この方向にするのか。
なぜここで整えておくのか。
なぜこの状態で同意を得ておくのか。
その理由を説明できることが、今を成立させる力になります。
この章の要点
今の判断は、今だけで決まるものではありません。
そこに至る経緯、現在の条件、この先の可能性や懸念を行き来しながら見ることで、今どこに着地させるべきかが見えてきます。
展開を考慮することは、未来のためだけではなく、今を成立させるための判断材料になります。
第2章 展開を考えるほど、同一性が重要になる
展開を考える時に重要になるのは、形が変わっても、同じものとして認識されるかどうかです。
静止画で成立しているものが、動いた時にどう見えるのか。
キャラクターであれば、どんな声で話すのか。
平面で整っているものが、立体物になった時にどう見えるのか。
文章だけで伝える場合、
写真だけで伝える場合、
店舗や現場で体験される場合に、
中心にある考え方が保たれているか。
AHD式・構造化デザイン思考術の観点では、目の前の形だけで判断しません。
別の形、別の場面、別の受け取られ方まで横断して考えます。
これは、この連載の基本方針である「どうすると物事が成立するのか」を構造的に整理することにもつながります。
ここで関わってくるのが、アイデンティティです。
ロゴ、色、書体、言葉、トーンマナーは、単なる見た目の部品ではありません。
会社やサービスが時間をかけて積み上げてきた認知であり、広い意味では資産でもあります。
第12回でも、媒体をまたいでも同じ印象で受け取られることで、認知は積み上がっていくと整理しました。
そのため、新しい展開を考える時には、作り手が見せたい姿だけでなく、
すでにどう認識されているかを見る必要があります。
人は、その会社の色、言葉遣い、写真の空気感、接客、価格、実績などを通して、
その会社らしさを少しずつ記憶しています。こちらが新しく見せたいものと、
相手の中に蓄積されている認識が大きく離れると、表現としては整っていても、
同じものとしてつながりにくくなります。
だから、展開では、変えることと守ることを分けて考えます。
すべてを同じにする必要はありません。媒体や場面が変われば、情報量も、距離感も、
表現の強さも変わります。ただし、中心にある考え方まで変わってしまうと、受け手の中で認識が積み上がりません。
静止画から動画へ。
紙面からWebへ。
平面から立体へ。
文章から音や空間へ。
形が変わるほど、同一性は見えにくくなります。だからこそ、最初の段階で「何を保つのか」を見ておく必要があります。
展開を考慮するとは、先の媒体や表現を想像するだけではありません。
形が変わった時にも、同じ考え方、同じ姿勢、同じらしさとして受け取られる状態を考えておくことです。
この章の要点
展開では、形や媒体が変わっても、同じものとして認識されるかが重要になります。
そのためには、コンセプトやアイデンティティを保ちながら、場面ごとに変換できる状態を考えておく必要があります。
同一性は作り手の意図だけで決まるものではなく、受け手の中に蓄積された認識とも関係します。
第3章 その先を示すことで、同意を得やすくなる
提案や打ち合わせでは、こちらが見えていることと、相手が見えていることが一致していない場合があります。
こちらは、今の要望だけでなく、そこに至る経緯や、この先に起こり得る展開まで見ています。
けれど、相手は目の前の制作物や、今すぐ必要なものだけを見ていることがあります。
そのまま進めると、判断の前提が揃わないまま話が進みます。
たとえば、こちらが「ここで言葉の軸を整えておいた方がよい」と考えていても、
相手には「今回は簡単な資料でいいのに、なぜそこまで考えるのか」と見えるかもしれません。
この時に必要なのは、強く説得することではなく、こちらが見ている時間軸を共有することです。
今この言葉を整えておくと、今後の営業説明やWebでの見せ方にもつながる。
ここで同一性を確認しておくと、媒体が変わっても印象が崩れにくい。
今の段階で認識を揃えておくと、後から関係者が増えた時にも判断しやすくなる。
そうした先の見立てを共有できると、今この状態で進める理由が伝わりやすくなります。
同意形成とは、全員に同じ感覚を持たせることではありません。
何を見て判断しているのかを共有することです。
目の前の完成度だけで判断するのか。
その先の展開まで含めて判断するのか。
ここが揃っていないと、同じ案を見ていても、評価が変わります。
だから、展開を考慮することは、未来の可能性を見るだけではなく、今、関係者が同じ方向を向いて判断するための土台にもなります。
「今これが良い」ではなく、「この先を考えると、今この状態にしておく理由がある」と説明できること。
それが、今を成立させるうえで大きな意味を持ちます。
この章の要点
同意形成とは、好みや感覚を合わせることではなく、判断の前提を共有することです。
その先の展開まで見えていると、今この状態で整える理由を説明しやすくなります。
展開を考慮することは、関係者が同じ方向を向いて判断するための土台になります。
第4章 展開先まで見ると、今の落としどころが見えてくる
展開を考えると、今の判断が変わります。
たとえば、ロゴやシンボルマークを作る場合、単体で見た時の印象だけでは判断できません。
大きく使った時、小さく使った時、縦位置で使う時、横位置で使う時、白黒で使う時、背景が変わる時。
それぞれの場面で機能するかを見る必要があります。
これは、単にバリエーションを増やす話ではありません。
使われる場面が変わると、成立の条件も変わります。
小さく使えば識別性が必要になります。
大きく使えば形の粗さやバランスが目立ちます。
白黒で使えば、色に頼っていた印象は弱くなります。
フライヤーをポスターにする場合も同じです。
小さな紙面で成立していたものを、そのまま大きくすればよいとは限りません。
見る距離が変われば、文字の大きさ、情報量、余白、視線の流れも変わります。
同じ内容であっても、媒体が変われば、調整するべきポイントは変わります。
Webでも、同じことが起きます。
Web上で整っていることは大切です。
ただ、その会社やサービスがWebだけで完結するわけではありません。
営業資料、店舗、接客、商品、SNS、紙媒体、広告、採用、現場での説明など、
別の接点につながっていく場合があります。
だから、Webの中だけで成立しているかを見るのではなく、
他の接点に移った時にも、その企業らしさやサービスのトーンが保てるかを見る必要があります。
この視点は、ディレクターだけのものではありません。
自分はデザイナーだから。
自分はカメラマンだから。
自分はWeb担当だから。
そう分けてしまうと、目の前の作業だけで判断しやすくなります。
もちろん職種ごとの役割はありますし、すべてを一人で背負う必要はありません。
それでも、その先の展開まで見る視点を持っているかどうかで、仕事の質は変わります。
なぜこの構図にするのか。
なぜこの余白を残すのか。
なぜこの形にするのか。
その根拠を説明できるようになります。
デザインも、写真も、文章も、ただ感覚で作るものではありません。
展開先や使われ方まで考えているから、明確な意図を持って作ることができます。
AHD式・構造化デザイン思考術では、単体の完成度だけでなく、
関係性、整合性、方向性、展開性、資産形成まで含めて見ます。
媒体を「別業種」として分けるのではなく、成立条件の違う構造として見ることが重要になります。
ここで必要なのは、すべての展開先を最初から作り込むことではありません。
物事を確定する前に、時間軸や他の関係性を見たうえで、今どこまで整えるべきかを判断することです。
展開先まで見ていると、今の落としどころが見えやすくなります。
目の前の完成度だけを見ていると、その場では整って見えても、
次の場面で使いにくくなることがあります。
反対に、展開先まで見えていると、今の段階で整えるべきことと、後で調整できることを分けて考えられます。
展開を考慮するとは、今の判断に別の場面や時間軸を入れることです。
それによって、今この状態で成立させる理由が見えてきます。
この章の要点
媒体や形が変われば、成立の条件も変わります。
展開先まで見ることで、今どこまで整えるべきか、どこに余地を残すべきかが見えてきます。
この視点は特定の職種だけのものではなく、物事を成立させるために関わる人が持っておくべき判断基準です。
第5章 展開できる状態にしておく
展開できる状態とは、何にでも使い回せる状態のことではありません。
大事なのは、その先の判断に備えて、今の考え方を整理しておくことです。
物事は、一度決めたら終わりではありません。
次の場面に進めば、関わる人が変わることがあります。
媒体が変わることもあります。
使われる目的や、求められる説明の深さが変わることもあります。
その時に、中心にある考え方が整理されていなければ、毎回その場の感覚で判断することになります。
展開できる状態にしておくには、ある程度の想定が必要です。
この先、どの方向に進む可能性があるのか。
どのような場面で使われるかもしれないのか。
どこで判断が分かれそうなのか。
どの部分が崩れると、全体の印象や認識に影響するのか。
すべてを読み切ることはできません。
それでも、可能性や懸念をあらかじめ見ておけば、
次に進む時の舵取りはしやすくなります。
想定していた範囲内であれば落ち着いて対処できますし、
イレギュラーが起きた場合でも、何を守り、どこを調整するかを判断しやすくなります。
展開できる状態にしておくためには、固定する部分と、動かせる部分を分けておく必要があります。
考え方の軸は変えない。
ただし、伝える順序は場面に合わせて変える。
印象の方向性は保つ。
ただし、情報量や表現の強さは相手や媒体に合わせて調整する。
このように判断できる状態になっていれば、次の展開に進んだ時にも、考え方が切れにくくなります。
これは、制作物だけの話ではありません。
会社の方針、サービスの説明、営業での伝え方、採用での見せ方、社内での共有にも関わります。
中心にある考え方が整理されていれば、場面が変わっても判断の軸が残ります。
AHDが考える「資産となり得る成果物」は、ここに関係します。
一度作って終わるものではなく、その先の判断に備えて、今を考えておく。
別の場面に移った時に、考え方が切れないようにしておく。
関係者が変わっても、判断の軸が残るようにしておく。
その状態にしておくことで、今作っているものは、単なる完成物ではなく、
次の可能性を受け止められる土台になります。
展開できる状態とは、完成形を増やすことではありません。
中心を整理し、判断基準を残し、その先の判断に備えて今を整えておくことです。
この章の要点
展開できる状態とは、中心にある考え方と判断基準が整理されている状態です。
すべてを読み切ることはできなくても、可能性や懸念を想定しておくことで、次の判断やイレギュラーへの対処がしやすくなります。
固定する部分と動かせる部分が分かれていれば、場面が変わっても軸を保ったまま判断できます。
最終章 展開とは、時間軸を横断すること
展開とは、未来だけを見ることではありません。
そこに至る経緯を見て、今の条件を見て、その先の可能性や懸念を見る。
その行き来の中で、今どう判断するかを考えることです。
第13回では、アリの目と鳥の目の話をしました。
細部を見ることと、全体を見ること。その両方を行き来することで、最後の調整が成立に近づくという話でした。
第14回では、そこに時間軸が加わります。
今だけを見ると、判断は早くできます。
過去だけを見ると、これまでの流れに引きずられます。
未来だけを見ると、今の条件から離れてしまいます。
だから、今を成立させるには、過去、現在、これからを行き来して見る必要があります。
これは、クリエイティブだけの話ではありません。
打ち合わせでも、営業でも、組織運営でも、教育でも、企画でも同じです。
目の前の要望だけに応えるのではなく、なぜ今そうなっているのかを見て、
その判断の先に何が起こり得るのかまで考える。
そこまで見ているから、今この状態で着地させる理由が生まれます。
展開を考慮するとは、先の可能性をきれいに予測することではありません。
可能性や懸念を持ちながら、今の判断を浅くしないことです。
その先が見えていれば、今どこまで整えるべきかが見えてきます。
どこに余地を残すべきかも見えてきます。
どの段階で関係者の同意を得ておくべきかも見えてきます。
成立とは、そこで完了して終わるものではありません。
今の状態は、次へ進むための現在地でもあります。
だからこそ、今を成立させる時には、その先の可能性を考慮しておく必要があります。
今の判断が、その後の選択肢を閉じてしまわないか。
逆に、次の展開を受け止められる状態になっているか。
そこまで含めて考えることで、今の落としどころが見えてきます。
AHD式・構造化デザイン思考術では、物事をひとつの視点だけで見ません。
細部と全体。
経緯と現在。
可能性と懸念。
表現と実運用。
認知と関係性。
情緒と機能性。
それらを横断しながら、今どうするべきかを考えます。
展開とは、最後に付け足す未来の話ではありません。
今を成立させるために、常に働いている視点です。
この章の要点
展開とは、過去、現在、これからを横断しながら、今の判断に理由を持たせることです。
その先の可能性や懸念まで見ているから、今どこに着地させるべきかが見えてきます。
今の状態は終点ではなく、次の可能性へ進むための現在地でもあります。
おわりに
今回は、「展開」について整理しました。
展開とは、完成した後に考える未来の話ではなく、今の判断の中に常に含まれている視点です。
そこに至る経緯を見て、今の条件を見て、その先の可能性や懸念を見る。
その行き来があるから、今どこに着地させるべきかが見えてきます。
今だけを見れば、判断は早くできます。
けれど、今だけで判断したものは、次の場面で使いにくくなることがあります。
反対に、その先の展開まで見ていると、今の判断に理由が生まれます。
なぜここで整えるのか。
なぜこの方向で合意しておくのか。
なぜこの形を保つのか。
その理由が見えていると、制作物も、提案も、言葉も、判断も、その場限りで終わりにくくなります。
成立とは、完成して終わることではありません。
今の状態を、次の可能性へ進める現在地として整えておくことでもあります。
展開を考慮するとは、未来を決め切ることではなく、その先の判断に備えて、今を浅くしないことです。
補足|チェック項目
展開を考える時は、すべてを順番に確認する必要はありません。
今の判断が、その場限りになっていないかを確認するために、必要な項目だけを使ってください。
- 今の判断に至る経緯を見ているか
- 現在の条件だけで決めていないか
- その先に起こり得る可能性を想定しているか
- 可能性だけでなく、懸念も見ているか
- 媒体や場面が変わった時に、同一性を保てるか
- 何を守り、何を変えてよいかが整理されているか
- 関係者に、今この状態で進める理由を説明できるか
- 次の判断に備えて、今の考え方や判断基準を残せているか
- 今の状態が、次の可能性を閉じていないか
- その判断は、今を成立させるための根拠になっているか