なぜ“短い言葉”は難しいのか

短く書こうとすると、

なぜか言葉が増えてしまうことがあります。

一生懸命に伝えようとするほど、

説明を足したくなり、

例外を補足したくなり、

結果として文章は長くなっていく。

これは、書く技術の問題ではありません。

判断の問題です。

短くできない理由は、技術ではない

短い言葉が書けない理由は、

語彙力が足りないからでも、

表現が未熟だからでもありません。

多くの場合、

何を残すかを決めきれていない状態で書いている

ことが原因です。

短くするとは、

情報を削ることではありません。

どの言葉を中心に据えるか。

どの意味を代表として残すか。

それを決める行為です。

この判断を先送りしている限り、

言葉は短くなりません。

短い言葉は、

判断を引き受けた結果としてしか生まれないのです。

長い言葉は「逃げ」になりやすい

文章が長くなるとき、

そこにはよく似た理由があります。

  • 誤解されたくない
  • 足りないと思われたくない
  • 念のため説明しておきたい

こうした不安が、

言葉を増やしていきます。

結果として、

何を一番伝えたいのかが見えなくなる。

長い言葉は、

丁寧さの証ではありません。

判断を避けた痕跡として、

文章に残ってしまうことがあります。

短い言葉は、情報全体を研ぎ澄ます

短い言葉にするという判断は、

言葉だけに影響するものではありません。

その判断は、

情報全体に「主従」を求めます。

すべてを目立たせようとして、

色を多用していないか。

装飾性の高い書体で、

意味をぼかしていないか。

余計な加飾で、

視線を分散させていないか。

短い言葉を中心に据えると、

それ以外の要素も静かに整理されていきます。

何を強くするかを決めるということは、

それ以外を強くしないと決めることだからです。

10文字を、5文字にできるか

20文字で書けることは、

10文字でも書けるかもしれない。

10文字で書けることは、

5文字でも表せるかもしれない。

短くしても意味が変わらないか。

削ったことで、意図がより澄んでいないか。

ここで問われているのは、

表現力ではありません。

構造を理解しているかどうかです。

構造が見えていれば、

どこを削っても、中心は崩れません。

結論:短い言葉は、責任の形である

短い言葉は、

センスではありません。

語彙力でもありません。

何を残し、何を残さないかを決めた人の責任

その形が、短い言葉として現れます。

言葉が短くなると、

情報全体も静かになります。

それは、

伝えることを放棄したからではなく、

伝えるための判断を引き受けたからです。

noteバナー

岐阜|デザイン経営とブランディング
A HIRAGADESIGN